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歴史

創建年代は不詳で『万葉集』にも歌われている神社。
祭神の天香山命は、古事記に高倉下という名前で登場。越後国開拓の詔を受け、越後国の野積の浜に上陸し、漁労や製塩、養蚕、稲作などを教えたと伝えらています。
延喜式神名帳には「越後国蒲原郡 伊夜比古神社」と記載されいて名神大社に列している。
日本有数の大太刀(長大な日本刀)である志田大太刀や、源義家や源義経、上杉謙信等に所縁と伝えられる武具などの文物が社宝として宝物館に展示されています。
江戸時代には、越後高田藩藩主松平忠輝が、五百石の社領を寄進し朱印地となり朝廷からの崇敬も篤かったといわれています。
しかし元禄4年、神宮寺の僧に訴えられ光頼が敗訴。 国学者の平田篤胤は、聖徳太子が記した神代文字が彌彦神社に存在する、と主張した。しかし神代文字の書は火事により焼失したという。
弥彦の大神は自ら神武天皇即位の大典の際、神歌楽を奉奏したと伝えられる。
1956年1月1日、福餅撒きに集まった参拝者が将棋倒しとなり、124人が死亡した。

         

弥彦神社

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